「ESGは企業と投資家の関係において、すでに欠かせない存在」

企業の非財務的なパフォーマンスを分析する3つの柱として、環境・社会・ガバナンス(ESG)という基準があり、これらは企業が環境や利害関係者(従業員、パートナー、下請業者、顧客)に与える影響をどの程度考慮しているかを評価する手段となっています。このようなテーマが投資家にとってますます重要性を帯びる中、チーフ・サステナビリティ・オフィサー兼国際機関渉外担当責任者のマリー=クレール・ダヴーとチーフ・ファイナンシャル・オフィサー(CFO)のジャン=マルク・デュプレが、このような潮流が生み出す課題とチャンス、そして今後必要とされる取り組みについて考察します。

投資家との議論の中で、ESGというテーマへの関心は高まっていると感じますか?

ジャン=マルク・デュプレ(JMD):はい。ESGは今や企業と投資家の関係において欠かせないものとなっており、より広く言えば、現代資本主義においても重要な存在となっています。とはいえ、ESGが常に重視されてきたわけではありません。環境と連動した経済問題の重要性は2010年から2015年にかけて意識されるようになったと思いますが、時には一部の企業の言動に真剣味が足りない、言い換えれば、上辺だけを繕ったグリーンウォッシュの傾向が見られたこともありました。ですが、ここ2年ほどで私たちは本当の意味での転換点に到達したと思います。投資家は「健全な」やり方で事業を展開している企業、つまり、環境、社会、ガバナンスの問題を自社の事業戦略に本気で織り込んでいる企業は、経営面でも財務面でもより良い成果を上げていることを、自分たちの目で見てきたわけです。物の見方は大きく変わりました。投資家にとって、ESGは「あったら良いもの」から「なくてはならないもの」へと変化しています。そして私たちは、こうした変化をとても喜ばしく思っています。

マリー=クレール・ダヴー(MCD):確かに、ESGというテーマはこの2年間で格段に目につくようになりました。特に、投資家からの問い合わせが増えていることに変化を感じています。彼らが質問する内容、そして求める情報も、より詳細なものになっています。また、ESGに特化したファンドだけでなく、最大手を含む金融業界のあらゆるタイプのプレーヤーからこうした問い合わせが入っています。
それと、リスクマネジメントの観点からESGを見た結果、この問題が世間に認められるようになったことも注目すべきでしょう。気候変動や生物多様性の消失といった現象が企業活動に直接的な影響を及ぼすことに気づき、それが企業の存続に関わるのではないか、という懸念を抱く企業も出てきました。最近のカリフォルニア州やオーストラリアでの森林火災は、ほぼ間違いなくこのような見解を強めるものとなっています。すでにリスクは現実のものとなっており、行動を起こすのをこれ以上待つことはできません。さらに、メディアの注目を最も多く集めているのは環境問題ですが、ESGの社会的・ガバナンス的側面も無視されているわけではありません。ブランドの姿勢や行動に注目する新世代のお客様が現れたことにより、一部の企業はサプライヤーの労働条件がもたらすリスクを評価するようになりました。このようなリスクは、例えばブランドの評判を直接脅かす要因にもなりかねないからです。これらのことから、ESGの要件に金融業界の目が向けられるようになりました。

JMDこのような潮流に対しては、資産運用会社の顧客からの後押しもあります。倫理的な理由からも、また実利的な理由からも、経済問題を起こすセクターに対し、投資を望まなくなっているのです。端的に言って、リスクがあまりに大きすぎるということでしょう。

では、収益性とESGにおけるパフォーマンスとの間に、矛盾はないということでしょうか?

JMD投資家がコストを度外視して超短期的なリターンや収益性だけを考えている、というのは事実ではありません。今日の投資家は、ESGに投資している企業が優秀な人材を集め、これらの問題を理解している顧客のロイヤルティを獲得し、効率性を向上させ…そして、一定のリスクから自社を守ることで利益を得るのだということを熟知しています。多くの投資家にとって、ガバナンスは一番の関心事です。ガバナンスが健全な状態にない企業とは、エコシステム、つまり従業員やサプライヤー、環境について問題意識を持っていない企業だということ。ここでいう環境とは、自社を取り巻くより広い意味での環境もそうですし、エコロジーという意味でもそうです。

もちろん、ESG投資は企業の業績を損ねず、好循環をもたらす戦略の一部である必要があります。ケリングは、環境・社会・ガバナンスの問題をビジネスモデルの一環として捉えるべきものだと確信しています。ケリングが特に、自分たちの投資が組織運営に及ぼす影響を把握するために活動のトレーサビリティーの向上に取り組んでいるのは、こういった理由もあるのです。

MCDケリングではCEOが、サステナビリティを戦略の中心に据えることについて倫理的な理由だけでなく、ビジネスにおいても理にかなっているという考えから重要性を確信している、ということは幸運なことです。また、多様性とインクルージョンの問題や、サプライヤーの労働条件、さらにガバナンスの問題についても、同じ論理が当てはめられています。

また、ESGの基準を満たすための取り組みは収益性に対して散発的に影響を及ぼすのではなく、それを超えて総合的なメリットをもたらすことを投資家やステークホルダーの皆様に説明するのも、私たちの役割であると付け加えておきます。具体的な例を挙げてみましょう。グループは現在、各ブランドの販売予測をより細かく行うために人工知能に投資しており、この予想に合わせて生産を調整しています。このような取り組みは在庫や物流に直接影響を与え、結果として収益性にも影響します。ですが、それだけではありません。原材料の消費量や、二酸化炭素の排出量にも影響をもたらすのです。当然のことながら、まだすべてのメリットを定量化することはできていませんが、財務の世界の変化は非常に速く、価値創造の観点からESGの背景にある動機付けや課題といったものをとてもうまく取りまとめています。

投資家との話し合いが、ESGに関するケリングの戦略的な方向性や行動に影響を与えることはあるのでしょうか?

MCDこれらのテーマに対するケリングのコミットメントは私たちのビジョンや戦略の根幹をなすものであり、歴史があります。また、このコミットメントは私たちの行動指針にもなっています。たとえば、ケリングはEP&Lを使ってサプライチェーン全体の環境負荷を定量化し、貨幣価値に換算していますが、これにより私たちが環境に与える影響をはるかに詳しく把握でき、また取り組みの進捗状況を最適化できるようになりました。また社会問題についても、社内の人事方針だけでなく、たとえばサプライヤーの行動に問題がないかくまなくチェックするなど、バリューチェーンを通じた形で長年にわたり取り組んでいます。私たちは、投資家の関心が今高まっている課題にも、以前から積極的に取り組んできました。このような積極的な活動が、私たちのモチベーションや行動への意欲をさらに高めています。

ケリングは別として、特にESGの問題について上層部である経営陣がケリングと同等の決意や信念を持つに至っていないような企業にとっては、投資家からの圧力はプラスの力となります。今や経済界のすべてのプレーヤーが投資家との関わりにおいて同じ視点を持つようになりつつあり、好循環が生まれています。

さらに言えば、財務情報に関するコミュニケーションが変化しつつあり、これまでは基本的に別物として捉えられていたサステナビリティと財務という2つのテーマが結びつけられるようになったことも、興味深く感じています。年次報告書とサステナビリティ報告書が一つになった統合報告書が登場したことは、非常にポジティブな流れだと私は思っています。ESGに関する基準が企業の戦略にどのように組み込まれているのか、また、それが業績にどのような影響を与えているのかを投資家に正確に伝えることで、ESGがどのようにしてすべての人に価値を創出できるのかを具体的に示すことができます。

Kering ESG

お二人にとって、ESGにおける「ToDoリスト」のトップにあるのは何ですか?

JMD企業のESGに関するパフォーマンスを測定するにあたり、共通の指標がないことが問題となっています。国ごとに独自の規制があり、イニシアチブやランキング、指標などが乱立しているのが現状です。しかし、あらゆる企業が共通で使える基準がない中で、企業は何に基づいてパフォーマンスを報告すればよいのでしょうか?さらに言えば、異なる組織間のパフォーマンスをどう比較することができるでしょう?

財務については、誰もが認め、理解している一連のルールがあります。このようなルールはいくつもあるわけではなく、誰もが同じ認識に基づいて情報交換できるようになっています。しかし、財務の世界には数百年に及ぶ歴史があるからこそ、実践してきたことを基準化できたのです。ESGの評価基準は、今後4~5年で統一されてくると私は考えています。例えば、企業が環境問題の解決に向けた資金調達のためにグリーンボンドを発行したいと思ったときに、設定した分析基準や目標がその発行価格に反映されなければ、債券を発行する意味がありません。

MCDその点については、欧州委員会がグリーン・タクソノミー、つまり持続可能な経済活動を分類するための制度作りに取り組んでおり、EUのあらゆる組織に枠組みを提供していることを高く評価しなければなりません。これは大変興味深い第一歩です。こうした制度が速やかに本物のインパクトを与え、その背景にある考え方が世界中に広まることを心から願っています。財務の規制や基準を活用しながら、世界に不可逆的な形で重大な変化をもたらすことは十分に可能です。 とはいえ、誰もが共有できる共通の基準を定義するにあたり、特定の分野では非常に複雑な作業を要し、導入にさらに多くの時間がかかる可能性もある、ということは認識しておかなければなりません。気候変動に関しては、企業は二酸化炭素換算トンで表す温室効果ガスの排出量で環境負荷や進捗状況を測定することができますが、例えば生物多様性を測定するための共通の定量的な指標を定義するのはより難しいでしょう。したがって、この点については現実的に考え、今後も取り組みを進めていく中で学ぶ必要があるのだ、と受け入れなければなりません。これらの課題は差し迫ったものですから、少なくともはじめのうちは、おそらく定性的な基準と定量的な基準を組み合わせていくことも必要でしょう。