「ESGのメリットはすでに現れている」

国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN) の共同設立者でLeaderXXchangeの代表を務めるソフィー・レリアス。ニューヨークで開催された2019年“Women in Asset Management”(資産運用業界で活躍する女性のための賞)ではESG投資部門賞を獲得しています。20年以上にわたりコーポレート・ガバナンス方針に携わり、ケリングでは筆頭独立取締役も務めているレリアスが、投資業界において台頭しつつあるESGの役割について知見を語ります。

Sophie L'Hélias

ESGはどのような経緯から投資家の関心を集めるようになったのでしょうか?

ソフィー・レリアス:ESGのE、S、Gを構成する環境、社会、ガバナンスへの配慮は常に存在していましたが、連携した形でアプローチされていなかったに過ぎません。これらの課題はいくつかの段階を経て、注目を集めるに至りました。ガバナンスに関しては、投資の世界では長年、優れたガバナンスが価値を生み出すということが知られており、確立された実績があります。投資家にとってガバナンスとは、投資家と企業が信頼関係を結ぶための契約のようなものであり、その企業が自社と株主、そしてすべての利害関係者の利益のために意思決定を行うことを保障する存在です。このような理由から、投資家はガバナンスに強い関心を持っています。

環境や社会的側面については、企業や投資家は長年にわたり、いくつかの顕著な例外を除けば主に規制という観点からこれを見てきました。環境面では、かつては規制が企業の行動における変化を促す役割を担っていました。1995年の京都議定書や、最近では2015年の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)後に採択されたパリ協定などの協定を通じて、たとえば廃棄物の管理や温室効果ガスの排出量などを規制してきたわけです。

それが転換したのはもっと最近のことです。特にここ3年間は環境的、社会的側面が企業のリスク要因や機会として認識されるようになったため、盛り上がりを見せています。2016年以前は、ESGが話題になることはあまりありませんでした。英語を使う報道機関でこの用語が使われた回数は年平均で4,000回ほどでした。しかし、2018年にはその数が30万回に増えています。

なぜ投資家はこの転換点に到達したのだと思いますか?

枠組みを作った規制に加え、データの透明性、またリスクの測定や分析を可能にする新技術の登場が、違いを生み出しました。

企業が環境・社会活動に関するデータを共有するようになると、投資家はたとえば気候変動リスクに最もさらされているセクターを特定するなど、ESGリスクをしっかりと把握できるようになりました。

新しい技術により、データの収集、比較、分析を行い、ESGリスクのランク付けを行うことが可能になったのです。企業の戦略や主要な利害関係者の期待に照らして、どのリスクが顕著か、あるいは重要かを判断できるようになりました。

学術的な研究やコンサルティング会社、当事者である企業など、出所を問わずいろいろなデータを活用することで、投資家はESGをベースにしたさまざまなタイプの投資戦略を立てられるようになりました。

最初に登場したのはスクリーニング戦略、いわゆるふるい分けです。これにより、タバコや銃器、ポルノなど、投資家が投資したくないと思うような物議を醸すセクターが特定されます。

次に開発されたインクルーシブ戦略は、投資家がたとえば平等性や炭素排出量など、特定のESG基準に基づいて企業をグループ化した指標を採用したことで生まれました。

3つ目の投資戦略である統合的アプローチはより複雑で、ESGリスク、機会、パフォーマンスといった要素を取り入れた特定の投資基準を満たす企業を選定するというものです。

このような変化は、どこでも同じペースで起こったわけではありません。社会や環境に関する規制が確立されている欧州大陸の企業にとっては、企業の社会的責任、ひいてはESGは比較的受け入れやすいものでした。一方、米国の企業は異なる文化を持っており、遅れて舞台に立つことになりました。皮肉なことに、そのきっかけの一つとなったのが米国のパリ協定からの離脱です。これをきっかけに投資家たちが奮い立ち、このテーマに自発的に取り組み、一致団結してインパクトを強めていったのです。もう一つの重要イベントは、2019年8月にビジネス・ラウンドテーブル(BRT)が出した声明で、企業の目的を再定義すると共に、過去の短期収益主義からの決別を明確にしました。このように、欧州が道を示す一方で、米国やアジアの経済界のプレイヤーは、取り組みが幅広く受け入れられ、大きなインパクトを確実に与えられるようにするため、足並みを揃える必要がありました。

制約と機会という両方の面がありつつも、ESG基準を企業の報告に取り入れたことで達成されたものは何でしょうか?

企業が自らに問うているのは、リスクをいかにしてチャンスに変えるか、ということです。特にイノベーションという形で、ESGのメリットはすでに現れています。たとえば、ファッション業界の企業は原材料の希少化が進む中で新たなソリューションを求めており、それがクリエイターのインスピレーションの源となっています。

同様に、企業の透明性は企業と利害関係者、特に顧客やサプライヤー、従業員との関係に好循環を生み出します。ラグジュアリー業界での実例を挙げると、責任ある形で調達された金を使用することをあえて選んだジュエリーブランドは、たとえそれによってコストが増えたとしても、好循環を生み出すことができました。つまり、ブランドの取り組みが広く知られるようになると、コストの増加分を販売数量の増加によって徐々に打ち消せるようになったのです。さらに、この決定は、責任ある購買行動というアプローチに敏感な顧客の期待に応えました。

また、企業が優秀な人材を引きつけるために最高の職場であることを努めてアピールするのと同じように、ESGを戦略に組み込みつつ、活動や成果、影響について真の透明性を確保することは極めて重要であり、企業は金融市場においても優良な投資先としての地位を確立することができます。

今、これだけ多くの基準や指標がある中で、投資家がESGに関するパフォーマンスを評価するのは難しいのではないでしょうか?

評価基準の標準化が必要なのは事実です。投資家は、透明性と比較可能性の2つを基本的な要件としています。透明性に関しては企業は大きく前進していますが、比較可能性については、データやデータ提供者の大幅な増加が、データの品質や適合性の向上を妨げる要因となっています。

投資家も企業も、ESG基準が均一化に向けて調整されることを求めています。最近ではESGに関する格付けや調査を提供している会社の間で統合や合併が見られるようになり、たとえばS&Pがトゥルーコスト(Trucost)を、あるいはムーディーズがヴィジオ-アイリス(Vigeo-Eiris)を買収したり、モーニングスターがサステナリティクス(Sustainalytics)を吸収したりしています。ですが、ここで注意しなければならないのは、統合は不可欠ではあるものの、透明性のない評価基準や無意味な結果につながってはならないということです。基準は引き続き、透明性を確保しなければなりません。生データにアクセスしたい人は誰でもそうできるようにすべきであり、オープンソースのアプローチが必要とされています。

2016年からケリングの取締役会で筆頭独立取締役を務め、ESGに関する事項について投資家との連絡役を務めてくださっています。その役割について教えていただけますか?

取締役会は、会社の戦略を決定し、その実行を監督することにより、会社の事業を舵取りしています。独立取締役は、長期的かつサステナブルな価値を創造するという観点から、すべての株主の利益を代表しています。私は筆頭独立取締役として、取締役会の仕事の取りまとめにも関わっています。例えば、グループのために活用されるべき主要なコンピテンシーが確保されるよう、取締役会に対する評価をまとめています。

また、筆頭独立取締役として、私はESG関連の事柄を投資家とやり取りする連絡役も務めています。その立場から、ケリングが最近開いたESGの説明会にも参加しました。このようなイベントでは、投資家の方々と話をし、特にガバナンスや取締役会の機能についての質問に答えるだけでなく、皆さんが長期的な課題として何を考えているのかヒアリングするのが私の仕事です。こうした説明会は、対応するチームにとっては膨大な作業を伴いますが、会社とステークホルダーの皆さんにとっては重要で刺激に満ちた、充実したイベントと言えます。