「ハイジュエリーは投資の対象から自己表現の手段へと変化している」

中国におけるラグジュアリーグッズの旺盛な消費は、ハイジュエリー市場にとってどのような意味を持っているのでしょうか?マッキンゼーによる2019年度の中国ラグジュアリーレポートによると、2018年から2025年にかけての世界全体のラグジュアリーグッズ市場の成長率において、中国人消費者が寄与する割合は最大で約65%に上るとみられ、また自己表現の手段を求める若い富裕層がジュエリーブランドの成長をさらに押し上げています。コンサルティングファームのマッキンゼーに19年間在籍するベテランで、中国で約15年にわたり経験を積んできた深圳オフィスのシニア・パートナー、ダニエル・ジプサーがその知見を語ります。

Daniel Zipser
マッキンゼー 深圳のシニア・パートナーであるダニエル・ジプサー氏

中国のラグジュアリー市場およびその顧客の主な特徴は?

まず言えるのは、市場が大きいということ。2019年に中国人消費者による中国国内および海外での市場規模は約1,000億ユーロで、この市場のけん引役は台頭しつつある中国のアッパーミドルクラス、とりわけ「80后」と呼ばれる若い世代のアッパーミドル層です。今年は新型コロナウイルスによって景気が後退しているとはいえ、この年齢層における自由裁量支出の伸びと、たとえば指輪に1,000ユーロを支払おうという彼らの消費意欲が、ラグジュアリーセクターの中長期的な伸びを支えると私は確信しています。

コロナウイルスの大流行に伴う都市封鎖の影響はあるものの、私たちは現時点では長期予想を修正していません。つまり、2018年~2025年における世界全体のラグジュアリーグッズ市場の成長に中国人消費者が寄与する割合は約65%、と今も考えています。今年は中国が占める割合が特に高くなるでしょう。というのも、中国は公衆衛生や経済の状態が他国よりも早く回復に向かっており、中国人の消費マインドも高い水準にあるからです。これらの状況から、私たちは中国の支出水準が今年の特に下半期から来年にかけて回復に向かうと予想しています。ただし、コロナウイルスの影響で渡航が制限されているため、中国国外での高級品に対する支出額は減少するとみています。

中国の高級ジュエリー市場はここ数年でどのように進化してきましたか?

かつて、そして中小都市では今もその傾向が強いのですが、ジュエリーはたとえばゴールドやダイヤモンドのように材料の貴金属または宝石が価値を持つのであり、基本的には投資の対象と考えられていました。それが今は若い世代の間で、また大都市を筆頭に変わりつつあります。彼らはジュエリーを自己表現の手段として見ており、ゴールドの価値に対するこだわりはそれほど強くなく、むしろブランドの価値に重きを置いています。だからこそ、彼らは海外の高級ジュエリーブランドに憧れるのです。デザインの価値や製品のスタイルに対する関心、また、消費者にとってそのブランドがどのような意味を持つのか、その根底にある価値観に対する意識が高まっています。顧客はより洗練されたセンスや考え方を身につけていると言えるでしょう。

今年見られる長期的な変化は、デジタル・エンゲージメントです。新型コロナウイルスの大流行からわずか数週間で、18か月分を追い抜いています。中国はすでにデジタル化が世界で最も進んだ国の一つとなっており、ラグジュアリーセクターも例外ではありませんが、インターネットショッピングということでいえば、ジュエリーはたとえば美容品ほど浸透しているわけではありません。ジュエリーに関して言えば、中国人顧客は店舗で購入する前に十分な情報を得るため、デジタルプラットフォームやソーシャルメディアを使って買いたいものをリサーチしています。中国人のジュエリーの購入場所の約90%が今も実店舗ですが、その前にオンラインで十分に調べているのです。さらに、消費者はオムニチャネルのエンゲージメントや、ブティックでの一人ひとりに合わせた体験に価値を見出しています。こうしたものが、ブティックでの体験を自分にしか味わえない楽しいものにしてくれるのです。

高級ジュエリーのメゾンに関して、中国人顧客は何を期待しているでしょうか?

中国人消費者にとってブランドは非常に重要な要素ですが、それ以上に、たとえばユニークなジュエリーを通じて自分らしいライフスタイルを表現する、というようにモノを通じて表現されるライフスタイルへの関心が高まっています。中国人はラグジュアリーを社会資本、あるいは社会的にシェアするものとして見ています。つまり、自分を見せる機会を作るのがラグジュアリーなのです。重要なのは価格ではありません。中国人が望んでいるのは、他の人よりも目立つことです。ジュエリーはこうした流れの一端を担いつつあり、“特別な意味を持つ買い物”というカテゴリーから、より広い意味を持つ“高級品の買い物”へと移りつつあります。これに合わせて、中国人消費者がジュエリーの購入を決断するまでにかかる時間も短くなっています。より若い世代の中国人消費者の60%は高級品を買う時、1週間以内に決断しています。

中国人のお客様は中国のブランドとどのような関係を築いていますか?欧米の伝統的な高級ブランドとの関係とは異なるのでしょうか。また、その関係はどのように進化しているのでしょうか?

中国人消費者は多くの分野において、自国のブランドを選ぶ傾向を強めています。ですが、ラグジュアリーに関して言えば“まだそうではない”と言えるでしょう。欧米のブランドが選ばれる傾向は今も続いています。一方で、1990年代に生まれた世代は中国の高級ブランドを受け入れており、彼らの11%は海外ブランドよりも国内の高級ブランドの方を選ぶとはっきり答えています。将来的にはこの世代がラグジュアリーセクターの成長を牽引することを踏まえれば、長期的に見て、中国における高級ブランドの勢力図は変わってくるのかもしれません。

ジュエリーブランドが中国市場で成功するには、何が必要でしょう?

昔ならば、有名なブランドであれば上海に高級感あふれる旗艦店をオープンさせることができ、またそれで十分でした。しかしながら今日、それだけでは不十分であることは間違いありません。ブティックの存在は引き続き重要ですが、中国人消費者にとって関連性のある力強いブランドストーリーが必要とされています。それに、提供するアイテムは抜きん出た特別なものでなければなりません。また、それに合わせてブティックとリンクするソーシャルメディアやデジタルのプレゼンテーションのコンテンツが必要です。新製品や新しいサービスについてアドバイスするため、オンラインやWeChatのメッセージを使って消費者とコミュニケーションを図ったうえで、さらにこの強力なCRMのシステムを使って培ったオンラインのエンゲージメントを、顧客を店舗に呼び込む力に変えることが重要です。この点は、ブティックの数などが限られている中小都市においてより重要と言えます。これから成功を収めるには、若い中国人消費者の心をつかむ必要がありますが、そのためにはグローバルなステータスを維持し、またブランドを保護しながらも、現地の市場に合わせたコミュニケーションを図ることが重要だ、ということです。